弁護士 大 江 洋 一
「特定秘密保護法案」が与党内の合意手続きを経て臨時国家に提出されることとなり、政府は今国会での成立を狙っている。具体的に条文の形で示されたことによって、法案概要の説明とは異なり、そのひどさが露わになった。これでは「特定秘密」ではなく「国家まるまる秘密法案」というべきものである。4半世紀前の議員立法案であった「国家秘密法案」とは違い、洗練された装いをこらしながら、水も漏らさぬ秘密国家体制を構築することを狙ったそらおそろしい法案である。官僚の悪質さをあらためて思い知らされた。
1 まず第1に、秘密指定権者が防衛省や外務省に限定されているわけではなく、宮内庁までも含む国の政府機関が網羅されている。したがって、防衛、外交、「特定有害活動」やテロリズムにかかわるとさえ言えば、財務省であれ、厚労省であれ、その長が秘密と指定して「特定秘密」とされる仕組みとなっている。行政の秘密体質に法的なお墨付きを与え、市民がそれに近付くことを厳しく処罰するという法案である。真に重要な機密に絞り込んで、それを取り扱う者の範囲を最小限に限定するのが秘密保全の要諦であるが、「特定秘密取扱職員」の範囲はどこまで広がるのか限定がない。
2 そして、この「特定秘密」指定を限定し、不要な情報や違法な情報を排除するというシステムが法案にはおよそ定められていない。民主主義社会における秘密保護法制としては致命的な欠陥というべきである。現時点でも「機密、極秘、秘、部外秘」など秘密指定され管理されており、この法案ができれば41万件という膨大な指定がなされると言われている。指定の有効期間は5年とされているが更新に制限がなく無制限に等しい。アメリカでも9・11委員会報告で、過剰な機密指定がテロを未然に防げなかった要因として指摘され、2010年10月には「過剰機密削減法」を制定し、知る権利との調整に一定の配慮がなされているが、この法案にはそのような仕組みは皆無である。違法秘密を排除するシステムも保障されておらず、現在公益通報者保護法7条で「一般職国家公務員等に対して免職その他不利益な取り扱いがされることのないよう」にと定められていることと整合しない。
3 「とくに秘匿することが必要(1条)」だとして国民には隠す一方で、他の行政機関の利用や都道府県警察には広く提供が認められ、外国の政府や国際機関にまで広く提供が認められているのは余りにもバランスを欠いている。
さらに、国会や裁判所、情報公開審査会などへ提供する場合も極めて制限され、提供するか否かの最終判断権はあくまで行政が握っている。「特定秘密」と指定さえすれば国会や裁判所の要請や命令でも出さなくてよいという、呆れるほどの行政優位の仕組みであり、三権分立や国会の最高機関性を定める憲法秩序に反するものである。
4 「適性評価」はその範囲が「特定秘密取扱業務を新たに見込まれることとなった者」にまで行われるため、広く上級職公務員や一定以上の管理職を対象とされることになりかねず、調査を受けるか否かを踏み絵にし、また思想調査を含む身元調査を法認することに道を開くことになりかねない。内縁を含む配偶者や子、父母兄弟から配偶者の父母などまで広い範囲に及ぶほか、「特定有害活動」や「テロリズム」との関係などという問題に関わる思想調査としての項目に及ぶことになり、極めて問題がある。しかも、「特定秘密」の提供を受ける適合事業者の従業者の適正評価の結果は事業者に通知することになっており、民間企業にも及び、その影響は甚大である。
5 国家公務員法などでは「秘密を漏らしたもの」として処罰しようとするときには、何が秘密かは検察官の立証責任であり、秘密と指定されているだけではなく実質的にも秘密性をもたなければならないというのが最高裁の確立した判例であるが、この法案は行政機関の長が指定した「特定秘密」を漏洩したりすれば処罰されることになっており、実質的に秘密に値するか否かは問われない。最高裁判例を実質的に変えるとんでもない内容である。違法な秘密であっても、指定されていれば処罰される仕組みである。
6 罰則規定も極めて問題である。事前の概要説明とは異なり、10年以下の懲役に1000万円以下の罰金併科が定められており、また特定秘密取得行為は「欺き」「管理を害する」などという曖昧なものであるうえ、共謀、教唆、扇動が規定されている。これは現に秘密の提供を受けなくとも、「共謀、教唆、扇動」行為がなされた段階で犯罪が成立することになり、取材活動やオンブズマン活動などはこれによって摘発される危険が極めて大きい。注意を要するのは「外国のスパイ」だけが処罰されるのではなく一般市民の取材や調査活動が「取得行為」として処罰対象となるのである。イチジクの葉のような「報道の自由に十分配慮する」だけでは何ら毒消しにはならないのである。
7 そもそも秘密保護法制と情報公開制度とはトレード・オフの関係にあり、放置すると秘密は無限に増殖する。したがって、知る権利を支える情報公開制度の確立が秘密保護法制の大前提なのであるが、インカメラ制度の導入などを含む情報公開法改正案は廃案とされたまま放置されている。無茶苦茶指定した秘密でも誰の目にも触れず隠し通せるという法案は、以前の国家秘密法案より以上に超秘密国家をつくってしまうことになる。
条文の形で示された法案は、8月末の法案概要よりもはるかに危険な内容である。新聞協会も10月2日に、「知る権利」を踏みにじるものとして特定秘密保護法案に反対するとの声明を発表しており、世論を大きく広げられる条件は整ったといえる。
政府も法案の形を小出しにし、小手先の「修正」を加えつつ世論の動向を睨んでいるのであって、国民の大きな反対運動によって阻止する可能性はある。
まず情報公開法改正を先行せよという点を一つの柱として反対の声をあげていこう。