弁護士 川村 遼平
1 はじめに
来日した外国人労働者に対して様々な名目で違約金を請求したり、違約金が発生すると告げるなどして退職を躊躇させたりする事案が多発しています。大阪府内の会社に違約金を請求された2名のベトナム国籍労働者から依頼を受け、マイグラント研究会に所属する弁護士9名による弁護団で取り組んだ結果、違約金請求をはねのける勝利的な和解をすることができたのでご報告します。
2 事件の概要
原告らはベトナム国籍の労働者2名(在留資格はいずれも「技術・人文知識・国際業務」)で、ベトナムで現地の紹介会社E社から派遣先A社(滋賀県)の求人を紹介され、派遣元B社(大阪府)に雇用されて来日しました(弁護団は、違法派遣であったことも主張しています。)。
雇用契約の締結に当たり、原告らはそれぞれC社との間でサポート契約を締結しました。C社とのサポート契約には「立替金」に関する条項があり、これが実質的な違約金として機能する仕組みとなっています。実際には国内での費用や渡航費用をC社が立て替えた事実はありません。
第1条 甲は、乙の日本国でのエンジニア就労に対して、日本国での費用(並びに渡航費用等)を立て替えて支払う。 第2条 前条の費用は30万円とする。甲は、乙に対し、30万円の立替金返還請求権を有するが、同金員を乙に特別奨励金として貸し付けることにより、乙の返済を猶予する。 第3条 前条の特別奨励金については、乙が、甲の契約する企業で3年間従事した場合については、甲は乙の返還義務を免除する。 (以下略) |
原告らは派遣先A社に派遣され、A社の敷地内にあるA社所有の寮で生活しました。A社→D社→派遣労働者の順に賃貸借契約が締結され、原告らを含む労働者は、いずれも周辺相場に比べて高額な寮費をB社の賃金から天引きされていました。
なお、弁護団が調査を行った結果、B社・C社・D社は本社所在地も代表者も同一で、実質的には同一の会社であることが判明します。
原告らはそれぞれ減収やパワハラのために退職を余儀なくされ、うち1人(Fさん)は 30万円の違約金を支払ってしまいました。残りの1人(Hさん)は違約金を支払わずに拒絶しましたが、大阪簡裁に訴訟を提起されてしまいます(更に、Hさんは、会社から「今なら 64万円で示談する」という趣旨の連絡を受けます。)。困ったHさんの相談を受け、弁護団が結成されました。
3 応訴から勝利的和解へ
訴訟では、請求の前提となる費用立替の事実がないこと、C社と雇用主であるB社は実質的に同一の会社であり、サポート契約の立替金返還条項は違約金や損害賠償の予定を禁じる労働基準法16条に違反し無効であることなどを根拠に、Hさんが立替金の返還義務を負わないと応訴するとともに、騙して来日させたことや退職に至る経緯が共同不法行為に当たること、未払賃金があること、寮費等の控除が違法であることなどを主張して、こちらからも訴えを起こしました。また、Fさんもこの訴訟に合流し、支払ってしまった立替金30万円の返還や、Hさんとほぼ同じ法律構成による金員の支払いを求めて訴訟を提起しました。
訴訟は、応訴直後に弁護団の申立てによって大阪地裁に移送され、第5民事部(労働部)で審理が行われました。移送の決定に先立ち、労働基準法16条に関わる事件であるため、専門的な知見を有する第5民事部での審理を求め、意見書を提出しました。
Hさんが提訴された令和2年10月頃から3年近くが経過した令和5年7月31日、ようやく、勝利的な和解が成立しました。
和解内容は、被告らがHさんに対して合計35万円を、Fさんに対して合計65万円をそれぞれ解決金名目で支払うというものです。二人の金額が異なるのは、それぞれに対する解決金の35万円に加えて、Fさんが支払ってしまった30万円を取り戻す前提での和解が成立したためです。
4 おわりに
本件では、最終的に、違約金請求訴訟を跳ね返し、支払ってしまった違約金をも取り戻し、更にはそうした枠組みで来日させられたことによる損害の一部を使用者らに解決金名目で支払わせることができました。こうした成果を獲得することができたのは、支援者・支援団体の助力はもちろん、何よりも労働者2名が最後まで粘り強く弁護団と一緒に事件に取り組んだからだと考えています。
冒頭に記載したとおり、本件類似の枠組みで違約金を請求する事件は後を絶ちません。雇用主が何の根拠もなく海外での労働者の採用活動や日本への渡航費用を請求するケースや、本件におけるD社のような寮の管理会社が、退職して寮を退居する労働者に対し短期間で退寮することについての違約金を請求する形をとるケースもあります。本件の成果がそうした不当な請求に苦しんでいる外国人労働者の支えになれば幸いです。
(弁護団は奥田愼吾、四方久寛、谷真介、森俊、松森美穂、仲尾育哉、原萌野、清水亮宏、川村遼平)