民主法律時報

事業成長担保権の法制化に関する議論の状況

弁護士 西 川 裕 也

1 事業成長担保権の法制化の経緯

2022年9月30日の金融審議会総会において、金融担当大臣より、「スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度について検討を行うこと」との諮問がなされたことを受け、金融審議会に「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」が設置された。

WGでの議論の中で、事業成長担保権について導入をすること自体は肯定的な意見が多く、2023年2月の時点で、具体的な法律の内容を定めていくという方針となった。

2 事業成長担保権とは

事業成長担保権に関しては、現在は明確な定義づけはされていない。

但し、これまでの議論の経過からすれば、事業成長担保権の凡その趣旨は以下のとおり整理できる。

事業成長担保権は、企業の有形資産だけでなく、将来性や技術、従業員のノウハウやアイディアなど事業すべてを含めた「会社の総財産(将来、会社に属する財産含む)を一体としてその目的」とするもの、と考えられる。

法的な構成に関して、事業成長担保権の設定は信託契約によることとされる(2023年2月時点の議論)。

3 労働分野に関連する問題点

(1) 担保設定時の問題
事業成長担保権は、労働契約上の地位も担保の対象となる。

但し、事業成長担保権の担保設定時には労働者の個別の同意は不要、という前提で議論が進んで いる。不要論の主な根拠は、他の担保権の設定時には労働者の個別の同意は不要としていることにある。

しかし、会社固有の財産を担保に提供する場合と違い、労働契約上の地位を担保とすることは、現実に働く労働者(人)の労働力を対象として、担保を設定することになる。労働者(人)を担保の対象とすることから、その設定時において、担保の対象となる労働者の個別同意を得るべきである。

個別同意を得る際には、担保実行時に生じる問題も含めた十分な説明を行い、労働者に十分な検討を行えるように促し、さらに同意しない労働者を不利益に取り扱うことを禁止する制度設計が必要である(設定後に入社する労働者も同様)。

そして、個別同意が得られない労働者の労働契約は担保目的財産の対象外とすべきである。

(2) 担保設定後の問題
事業成長担保権を設定して融資を受ける際に、会社から具体的な事業計画が提出され、金融機関において、その内容が合理的か判断し、その将来性を評価して、融資が実行されることになる。

上記の契約の性質上、融資実行後も金融機関において、会社の経営状況を確認することが想定されている(金融庁も同様の見解と思われる)。

仮に、金融機関の継続的な支援や指導が行われるとなれば、経営指導の名目で、会社と労働者との間の労働条件の内容やその変更、人員整理等の場面で、金融機関が関与してくる可能性がある。
このような局面では、労働者や労働組合は、会社とだけ協議や交渉をしていても問題は解決できない。交渉の相手方をたらい回しにされる危険もある。

このような事態を避けるためには、事業成長担保権を設定した金融機関(担保権者)に対し、労働組合から申し入れられた協議や団体交渉に対する応諾義務を課すなど、労働法的規制を導入する必要がある。

(3) 担保実行時の問題
金融庁は、事業成長担保権を実行したときの契約上の地位の移転は特定承継であると整理している。特定承継であれば、事業譲渡と同様、労働者の個別同意が必要になる(民法625条1項)。それゆえ、労働者の意に反する労働契約の承継はなされない。

しかし、この場面では、事業承継から恣意的に労働者が排除される危険がある。

金融庁の説明では、担保権を実行すれば管財人が選任され、その管財人に事業の経営並びに財産の管理及び処分をする権利を専属させたうえで、裁判所の許可を受けながら管財人が担保の目的となった事業一体の売却だけでなく、一部の財産の任意売却や強制執行手続等の相当な方法を判断して行うこととなっている。

このように、事業全体の売却ではなく、管財人の判断で一部の換価のみが認められるとなれば、管財人の判断によって、その換価(譲渡)から排除される事業や労働者が生じる。

事業成長担保の実行時は、会社の経営が苦しい状態にあり(返済ができずに担保権が実行されている)、労働者にとって不承継の不利益は極めて高い(会社に赤字の事業所のみ残っても、そのまま、閉鎖される)。

このような不利益を回避するために、実行時において 総財産の換価(承継)を原則とする必要がある(なお、譲渡時における労働条件の不利益変更の問題も残る)。

4 今後の対応について

事業成長担保権を導入するにあたって、労働者保護の観点を制度にどのように組み入れるか議論が進められている。

事業成長担保権の担保実行の手続における未払賃金債権の取扱いについては、「労働者が有する未払賃金債権等の取扱いについては、その事業の継続に係る共益の費用としての性質に鑑み、随時・優先弁済するものと位置づけることが考えられる。優先的な地位を認める。」、として被担保債権に優先させる方向で議論が進んでいる。

今後も具体的な法案成立に向けて議論が進んでいく中で、労働者の権利が不当に害されるように、引き続き、議論の経過を注視し、必要に応じて民法協の立場としての意見を積極的に発信していく必要がある。

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