民主法律時報

東京消防庁救急隊員訓練死事件 提訴報告

弁護士 青 木 克 也

1 はじめに

2017年8月13日、東京消防庁多摩消防署に勤務していた救急隊員の男性(当時50歳。以下、「被災職員」という。)が、上司である大隊長の指導のもと炎天下で行われた「体力錬成」と称する個別訓練の末に急性心機能不全を発症し、同日死亡する事故が発生した。本件は2020年10月に公務災害と認定されたが、都が遺族に対する損害賠償責任(国家賠償法1条1項)を認めなかったため、遺族が原告となり、2021年11月30日、東京都を被告とする損害賠償請求訴訟を提起した。

2 前提となる事実関係

被災職員は普段、救急隊員として救急業務に従事していたが、業務ローテーションの一環で、本件当時は一次的にポンプ隊の業務に従事していた。ポンプ隊は出場数が少ないため、計画的に訓練ができるのに対し、救急隊は1日に10件前後の出場があり、出場とそれに伴う事務処理に勤務時間の大半を費やし、体力を維持・増進するための訓練が日常的に実施されていたものではなかった。

また、被災職員は、多摩消防署の本署とは別にある多摩センター出張所に所属していたが、本件当日は「体力錬成」のため、本署に出向させられていた。このような理由での出向自体、きわめて異例のことであり、地公災東京都支部の調査結果によれば、「大隊長が被災職員にお灸をすえるのが目的だった」と語る同僚もいた。

3 「体力錬成」の内容

本件当日(真夏日であった。)の午後、大隊長のマンツーマン指導による被災職員への「体力錬成」が開始された。訓練メニューは庁舎外周のランニング、庁舎階段の昇降及び腕立て伏せであった。

前記地公災の調査結果によれば、大隊長は、ランニング中に大量に汗をかき、苦悶の表情を浮かべ、呼吸を大きく乱していた被災職員に対し、ペースを落とすなと怒鳴りつけた上、手で背中を押して走らせ続けた。その後に行われた階段の昇降の際、被災職員は限界を訴えていたが、大隊長は構わず訓練を続行した。

前記ランニングと階段昇降の後、大隊長はふらふらになった被災職員を庁舎内の会議室に連れ入れ、腕立て伏せをするよう命じた。難渋する被災職員に対し、大隊長は罵声を浴びせたり、頬に平手打ちをするなどして、腕立て伏せの遂行を強制した。

その直後、被災職員の身体に顕著な異変が生じ、救急機関員が駆けつけて被災職員を病院に搬送したが、手当ての甲斐なく同日、被災職員は命を落とした。

4 調停における都の回答

本件訴訟の提起に先立ち、遺族は都を相手方とし、本件についての説明・謝罪、再発防止の徹底及び損害賠償等を求める民事調停を東京簡裁に申し立てた。しかし、都は回答書の中で、「違法と評価されるべき職務行為が存在するものと必ずしも認識しておりません。」と述べるなど、損害賠償責任を否定する主張を展開した。

また、大隊長が平手打ちまでしたことについても、被災職員に対する「励まし」であったとし、何ら問題はなかったかのような見解を示すなど、不見識といわざるをえない応答をしている。

5 結び

本稿執筆時点において、都からの答弁書は未受領であるが、「救急・消防という業務の性質上、相応に強度の訓練を行うのは当然のこと」といった反論が想定される。しかし、炎天下での激しい運動に生命の危険が伴うことは周知の事実であり、訓練の実施者は、訓練時の具体的状況や当該職員の年齢・体力にも応じた配慮をすべき注意義務を負うというべきである。

また、原告である遺族(被災職員の弟)は、調停申立時及び提訴時の記者会見に顔出しで出席し、「裁判により兄が受けたことが公になり、パワハラが少しでもなくなり、全国の消防で働くみなさんが安心して働ける環境ができることを強く願います。」とのコメントを発表している。このような想いに応えるべく、代理人として精一杯力を尽くしていきたい。

(代理人は古川拓弁護士と青木克也)

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