弁護士 田中 俊
本書は、人類学や社会学、アジアやラテンアメリカ、アフリカの地域研究などを専門とする研究者に、マイグラント研究会の事務局長として同会の運営を担っている四方久寛弁護士が加わった11人による共同研究の成果である。本書が発刊されたのは、2019年4月に、日本の外国人受け入れ政策の大きな転換とも言える「特定技能」が新たな在留資格として創設されたタイミングでの出版である。結果的に、コロナ禍以前の状況の総括とも言える充実した内容である。
本書では、第1部で「近年の外国人労働者をめぐる状況」が、統計的に、また入管法制の変遷、食料品製造業と建設業における実態を中心に論じられ、第2部では、外国人労働者のなかで最も大きな割合を占める「技能実習生」について、ベトナム人労働者とタイ人労働者の事例について紹介されている。第3部では「日系人」について触れ、滋賀県近江市甲津畑町にて地域社会と共生しながら運営がなされているブラジル人学校「ラチーノ学院」、広島で牡蠣の養殖に従事する日系3世のフィリピン人一家の事例を挙げている。第4部「さらなる周縁へ」では、外国人労働者が登場する前には、誰がどのようにして働いていたのかを輸送園芸(大都市消費市場への出荷を目的としてなされる地方での生鮮野菜の商業的生産)を題材に解明する、またガーナ、ナイジェリア、カメルーンなど在日アフリカ人の労働実態についての報告がなされている。
本書の最大の特徴は、受け入れ側である日本の状況の分析のみならず、外国人労働者の視点から、外国人労働者の問題を明らかにしようとしていることである、彼らが、なぜ日本を選び、日本に行くことになったのか、背景にある所属国の経済事情を明らかにし、来日の動機付けを明らかにしていることである。
2019年10月時点で、約166万人の外国人が日本国内で働いており、その大半を占めているのが日系人や技能実習生、留学生、日本人の配偶者をもつ女性たちである。国別に見ると、従前は、中国人、ブラジル人やフィリピン人が外国人労働者の主流を占めていたが、現在、主流はベトナム人に移行しており(全体の24.2%)、昨今飛躍的に増大したのがネパール人(5.5%)である。彼らの来日の究極の目的は、お金を稼ぐことに尽きる。にもかかわらず、受け入れる側の日本では、高齢化社会、少子化による深刻なまでの働き手の不足という事情があるのにもかかわらず、いまだ移民政策を頑なに拒否し、技能実習生を技能の習得、国際貢献という本来の制度の趣旨から離れて、もっぱら低賃金の労働力として彼ら/彼女らを利用してきた。しかも低賃金や時間外労働、労災隠しなど劣悪な労働環境のもとで、在留期間限定で家族滞在を認めないという建付である。
外国人も馬鹿ではない。このままでは、今後は、海外に出稼ぎに行く外国人労働者も、労働環境が劣悪で、外国人を管理の対象としてしか見ない日本でなく、海外からの移住労働者にとって環境と条件の良い他の外国での労働を選択することになることは目に見えている。
初めて日本政府が国内の人手不足を認め実態に即した外国人労働者の受け入れ政策として期待されて新設された在留資格である「特定技能」も期待は裏切られ、現在のところ申請数は少ない。今後は、日本が外国人の労働力に依拠するのであれば、移民の拒否など排外主義的政策を改め、外国人を管理の客体ではなく一人の人間として捉え、劣悪な労働環境を是正し、労働分野だけでなく子どもの教育、社会保障等についても充実させ、外国人労働者が日本で働くことに魅力を覚えるような社会にしていくことが重要であると改めて認識させられた。
松籟社 2021年3月25日発行
定価2860円