民主法律時報

生活保護費引下げは違法!!~社会保障裁判史に残る画期的勝訴~

弁護士 喜田 崇之

1 歴史的な判決

大阪地方裁判所は、2021年2月22日、平成25年から平成27年にかけて段階的になされた生活保護引下げが、生活保護法3条、同8条2項に反して違法であると判断する歴史的な判決を下した。

生活保護基準をめぐる裁判での原告側勝訴判決は、老齢加算廃止訴訟福岡高裁判決(2010年6月14日)以来であり、「加算」部分ではなく、生活扶助費本体についての勝訴判決となると、実に、朝日訴訟東京地裁判決(1960年10月19日)に遡ることになる。

同種裁判は全国29地裁で提訴されており、すでに2020年6月25日名古屋地裁判決が敗訴判決を下したが、それに続く全国で二番目の判決であった。本判決は、全国総勢1000名以上の原告団、300名以上の弁護団、支援者の努力が積み重なって実現した成果である。

本判決に至るまでの様々な運動の取り組み等は、大生連大口氏の原稿に任せることとし、本稿では、本判決の法廷での闘争内容、判決の意義等を中心に報告する。

2 政府の引下げの理由

政府が保護費を引き下げた根拠は、大きく二つである。

一つは、「デフレ調整」と呼ばれるもので、物価下落に合わせて、保護費を減額するというものである。このような発想自体は、年金制度で導入されている「物価スライド」と共通するものである(そのため一見すると合理的に見えなくもないが、その問題点は後述する。)。

もうひとつは、「ゆがみ調整」と呼ばれるもので、所得下位10%の消費実態と比較して、厚労省生活保護基準部会で検証した結果を踏まえて、保護費を減額するというものである(約90億円分)。要するに、所得下位10%の消費実態が落ち込んでいるので、それに合わせて生活保護利用世帯の保護費も減額するという発想である。

論点は極めて多岐にわたり、いずれも複雑であるため、本稿では詳細は説明できないが、極めて政治的かつ法的根拠に合理性のない削減であった。

なお、デフレ調整は約580億円の削減、ゆがみ調整は約90億円の削減となり、一世帯当たり平均6.5%もの削減を強いる、戦後最大の生活保護費削減であった。

3 大阪訴訟での法廷闘争

本裁判は、2014年12月に提訴して2019年12月に結審するまで約5年に渡って審理がなされ、原告らは、実に49通の準備書面(そのどれもが非常にボリュームのあるものである)とその主張に必要な膨大な書証を提出した。

期日では、原告の生活実態や保護費引下げによる影響を切実に訴える原告意見陳述を行い、また、大法廷にスクリーンを用意してPPを使うなどして主張内容を分かりやすく説明する代理人意見陳述をほぼ全ての期日で行った。原告意見陳述は、原告らの過酷な生活実態を裁判所に突き付けるとともに、原告らが裁判の当事者として直接訴えることで当事者としての闘う意識が高まる結果もおおいにもたらしたと思われる。また、代理人意見陳述は、とかく物価指数等に関する複雑な専門用語が飛び交う主張を展開する中で、素人でも理解できるようにわかりやすい例えを用いるなどして行い、論点に関する裁判官の理解に役立ったと思う。

また、証人尋問においても、厚労省が物価下落の根拠とした独自の計算方法が経済統計学上全く理解できないものになっていることについて、上藤一郎先生(静岡大学教授)にご証言頂き、貧困とは何かという点に関して歴史的・法制度的に整理し、絶対的貧困観が過去の遺物となり社会的排除概念という貧困概念をもって「最低限度の生活」を判断すべきとする点について、志賀信夫先生(県立広島大学准教授)にご証言頂いた。また、5名の原告らが引下げによって極めて厳しい生活実態を強いられていることを切実に訴えた。

4 大阪地裁判決の内容

判決は、生活保護の基準は、厚労大臣の専門技術的かつ政策的な見地からの裁量が認められることを前提に、判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点から見て裁量権の逸脱又は濫用があると認められる場合に違法と判断する旨の一般論を述べた。

その上で、「デフレ調整」の判断過程につき、主に次の2点の問題点を指摘した。

第一に、物価引下げの基準時の選択の問題である。近年の日本の物価は、平成20年に物価が急上昇してから平成23年まで下降したのだが、平成24年、25年と再び物価が急上昇して、平成20年時以上に物価が上昇した。この状況で、政府は、ちょうど物価が大きく上昇した平成20年時を基準時にして大きく物価下落した平成23年時をわざわざ選んだのだが、なぜこの時期を選択したのか全く合理的な理由がなく(そもそも平成25年以降、物価が上昇したのだから、物価下落を理由とする減額も合理的根拠を失っている。)、下落率が大きくなる結論を先取りした点を、判決は問題視した。

第二に、厚生労働省が算出した4.78%の物価下落の数字の合理性の問題である。もともと総務省が作成し公表している消費者物価指数に基づくと、平成20年から平成23年の間の物価下落は2.35%となるのだが、厚生労働省が独自に算定した生活保護相当CPIに基づくと同期間の物価下落は4.78%となる。

生活保護相当CPIの計算方法が統計学的に誤ったいい加減な内容であることは散々主張してきたことであるし、上藤教授にも論証して頂いたところであるが、判決ではその点については原告らの主張通りの認定まではしなかった。

ただ、生活保護相当CPIが大きく物価下落を示しているのは、テレビ、パソコン等の電化製品・耐久財の大幅な下落が大きな要因となっており、生活保護利用者がほとんど購入しない物の物価下落に大きく影響されている値であることを指摘し、「デフレ調整は、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くものというべきであるから……その判断の過程及び手続に過誤、欠落があるといわなければならない」と判断した。

なお、ゆがみ調整それ自体には様々な言及があったものの、ゆがみ調整の判断過程に関する裁量の逸脱・濫用については言及がなかった。

いずれにせよ、原告側の主張を概ね認める(当たり前のことを当たり前に認定しただけではあるが)画期的な判決である。特に、前述した名古屋地裁判決があまりに酷い判決であったため、本判決は、その流れを大きく一変させることとなった。

5 メディアの反応

メディアも反応し、判決は大きく報道された。

判決後の報告集会は、参加者の大きな熱気の中で行われた。その様子は大々的に報道され、各原告らの判決への思いや厳しい生活実態が新聞紙面に踊った。

また、全国各地の新聞が判決を肯定的にとらえる社説を掲載した。例えば、北海道新聞の社説では、厚労省が生活保護削減に都合の良い数値を利用するという不誠実さを指摘し、「物価偽装」という原告の主張をもっともだ、と評価した。また、朝日新聞や毎日新聞の社説では、政治的に削減する手段として、生活保護世帯では支出の少ない商品の物価変動を考慮するというデフレ調整に問題があると指摘し、判決が指摘した問題点に理解を示した。その他にも「自助」を強調する自民党の方針の批判(沖縄タイムス)、厚労省が意図的な算定をして政権与党への忖度をしたのではないかという懸念(中日新聞、北日本新聞等)などが述べられ、地方新聞も含めて、16の新聞において同様に国の姿勢を批判する社説が述べられた。

また、同年3月1日、判決を受けて、政府に対し少なくとも保護引下げ以前の基準を早急に求める内容の大阪弁護士会会長声明が出され、同月4日には、同様の内容の日弁連会長声明が出された。これらを皮切りに、各地の弁護士会でも会長声明が出されている(新潟県弁護士会会長声明、千葉県弁護士会会長声明等)。

筆者自身も、多くの弁護士から祝福の言葉を頂いた。原告ら・支援者ら・弁護士らもとても勇気づけられることとなった。

6 今後に向けて

敗訴した全自治体が控訴した。今後は、控訴審そして最高裁での闘いに挑むことになる。

また、全国各地の地裁判決もこれから続々下されることになるが、2021年3月29日には、札幌地裁判決で原告ら敗訴の判決が下された。各地での地裁判決の勝利を積み重ねることが、控訴審での闘いにとっては重要になる。全国弁護団では、大阪地裁判決の成果を全国で共有し、また、各地で下される判決のさらなる分析を行い、控訴審での闘いに備えている。

今回の画期的な判決により、多くの人々が勇気づけられ、原告らにも確信を与え、社会の雰囲気を変え、正論が正論として受け入れられ、理解が広がっていっているように感じる。そして、また次の画期的な判決へとつながり、さらなる社会全体の変革に繋がっていくのだと確信している。本判決は、そういった今後の大きな第一歩であると位置づけた上で、我々は、全国の仲間とともに、今後も控訴審以降の闘いに臨む次第である。

ぜひ、皆さんにも裁判にご支援をいただきたい。

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