弁護士 鎌田 幸夫
1 事案の概要
国立循環器病研究センター(「国循」)の職員であった原告が独立行政法人国立病院機構(「国立病院機構」)への異動を、妻の精神疾患を理由に拒否したところ、懲戒解雇されたので、国循を被告として地位確認と賃金支払いを求めた事案です。
大阪地裁(内藤裕之・前原栄智・大寄悦加裁判官)は、平成30年3月7日、懲戒解雇を無効とする原告勝訴の判決を言い渡しました。判決は、転籍拒否を理由とする解雇を無効とするオーソドックスな内容ですが、労働者側の利益に配慮した判断がなされているので紹介します。
2 争点
争点は、①本件人事異動命令の法的性質と原告の同意の要否及び同意の有無、②本件人事異動命令が権限濫用といえるか、③解雇が懲戒権濫用といえるかです。
3 本件人事異動の性質と労働者の同意の要否
(1) 独立行政法人化される前の国循及び国立病院機構は、いずれも厚労省の一組織でした。原告は厚生省(現厚労省)に採用され、国立病院機構の独立行政法人化に伴い国立病院機構の職員となり、同機構内の病院勤務をした後、同じく独立行政法人化された国循へ異動しました。その際、国立病院機構に辞職届を提出し、国循に採用されるという手続きを踏んでいました。そして、今回、国循から国立病院機構の病院への異動を命じられましたが、妻の精神疾患を理由に異動に応じませんでした。
被告(国循)は、本件人事異動は実質的には在籍出向を解かれて出向元に戻ることと同視できるので、労働者の個別同意は不要であり、仮に同意が必要であるとしても包括的な同意で足り、過去の人事交流の実態からして原告の包括的同意があったと主張しました。これに対して、原告は、国循と国立病院機構は独立行政法人化した別法人であり、両者間の異動は辞職と採用という手続きを踏んでいることから従前の労働契約を解約し、新たな労働契約を締結する「解約型」の転籍であり、労働者の個別同意が必要であると主張しました。
(2) 判決は、本件人事異動は、実質的にも「転籍出向」であり、在籍出向と同視できないとし、転籍は「転籍元に対する労働契約上の権利の放棄という重大な効果を伴うものであるから、使用者が一方的に行うことはできず、労働者自身の意思が尊重されるべきという点に鑑みて、労働者の個別同意が必要である」としました。そして、「転籍出向が労働者に及ぼす影響等に鑑みれば、転籍出向に係る労働者の同意については個別の同意を必要とし、包括的な同意で足りるとすることはできない。この点は、原告が、従前の人事異動に関する運用を知っていたとしても、その点をもって、覆るものではない」と判示しました。
(3) 転籍出向には、地位譲渡型と解約型がありますが、本件のような解約型の場合は労働者のその都度の個別同意が必要であり、事前の包括的同意では足りないということは定説ですが、判決は、この点を明確に確認したものといえます。
4 本件人事異動は権限の濫用か、本件解雇は懲戒権濫用か
(1) 本件人事異動が転籍であり、個別同意が必要だとすれば、それだけで解雇は無効となるのですが、判決は念のためとして、人事異動の権限濫用、懲戒権の濫用の有無についても判断しています。
(2) 判決は、本件人事異動で通勤時間が短くなること、原告はこれまでも数年の間隔で人事異動していること、異動で経験を積ませることなど一定の合理性があるとしつつ、原告の妻の病状は相当深刻なものであったこと、人事異動を聞いてパニック状態になり、重大な事態を引き起こす可能性があったこと、本件人事異動は「ジョブローテーションの一環として定期的に行われるものであって、・・高度の必要性があったとまでは言い難いこと」から、「本件人事異動は、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、出向に係る権限を濫用したもの」と判示しました。
また、判決は、仮に人事異動命令が権限を濫用したものとはいえないとしても、原告が妻の症状から人事異動に応じがたい事由があること、人事異動がジョブローテーションの域を出るものではなく高度の必要性があったとはいえないこと、本件人事異動を差し控えることで被告らに組織上著しい支障が生じると認めるに足りないこと、原告の勤務態度からして、人事異動を拒否したことを理由とする解雇は重きに失し、懲戒権を濫用したものと判示しました。
(3) 判決は、出向命令の業務上の必要性と出向者の被る不利益の比較衡量において、原告の妻の病状が深刻であったことを重視し、使用者側にそれでもなお出向を命じなければならない高度の必要性を求めたものといえます。出向命令権の限界について、労働者側の不利益に配慮した判断枠組みを示したものとして意義があります。
5 最後に
判決は、原告側の主張をほぼ認めた内容でした。勝因は人事異動の同意の要否という法律論に終始することなく、原告の被る不利益を、原告本人尋問、妻の尋問、医学文献などで十分立証したことだと思います。特に法廷で自らの病状を切々と語った妻の尋問は裁判所の心証を大きく動かしたと思います。原告は、一刻も早い職場復帰を望んでいますが、被告は控訴しました。必ず職場復帰できるよう、油断なく、力を尽くしたいと思います。
(弁護団は、谷真介と鎌田です)