民主法律時報

派遣労働者にも交通費の支給を ~派遣通勤費訴訟~

弁護士 河村 学

1 はじめに

本件は、派遣労働者が、その雇用主である派遣元会社に対して、労働契約法20条を根拠に、同社の正社員に対しては支払われている通勤費を、同様に派遣労働者にも支払うよう求めるものである(なお、労働者が就労していた事業所のうち一社とは雇用主が業務委託契約を締結していたため、全てについて正確な表記ではないが、本稿では便宜上、全て「派遣」として記述する)。
2018年2月7日に大阪地裁に提訴した。本訴訟は、派遣労働者の処遇改善に資するものであり、その帰趨が社会に及ぼす影響は極めて大きい。

2 事案の概要

原告となる労働者は、2013年から、派遣元会社に有期派遣労働者として雇用され、2017年7月まで、断続的に、5カ所の派遣先事業所で、種々の業務に従事してきた。この間、チラシのポスティング業務、製品素材の検査業務、接客・販売業務、自動車輸送の手配業務、製造業務等に従事してきたが、労働条件は、賃金が派遣先に応じて変わったものの、通勤費(自宅から就労場所までの交通費)については一貫して支給されなかった。
一方、派遣元会社で、事務や営業を行っている無期契約労働者については、就業規則により、自宅から事業所までの最短距離かつ最小時間の経路の交通機関を利用した場合の通勤費実費が全額支給されることになっており、現に支給されてきた。
本件は、有期派遣労働者が、派遣元会社に対して、この間に支給されなかった通勤費相当額の損害賠償を求めるものである。

3 労働契約法20条に基づく請求

(1) 労働契約に基づき就労場所で労務を提供するという義務は、無期契約労働者か有期契約労働者か、直接雇用労働者か派遣労働者かに関わらず等しく負っており、自宅から就労場所までの交通費の負担は、その雇用形式に関わらず、また、当該労働者の職務内容、職務の内容及び変更の範囲と関わりなく生じるものである。
この通勤費について、使用者が、無期契約労働者のみ支給して、有期派遣労働者には支給しないとするのは、明らかに不平等な取扱いである。とりわけ、一般には有期契約労働者の方が無期契約労働者より賃金が低く抑えられていることからすれば、有期契約労働者は、その少ない賃金から通勤費実費を支出しなければならないのであるから、その矛盾は極めて大きい。
使用者の無期契約労働者に対する通勤費の支給は、自宅から就労場所までの通勤にかかる費用の実費補填を目的として支給されており、かつ、従事する業務内容・役職如何に関わらず決まった計算により支給されているのであるから、これを有期契約労働者(有期派遣労働者を含む)には支払わないというのはあまりに不合理というべきである。

(2) 2012年改正により規定された労働契約法20条は、無期契約労働者と有期雇用派遣労働者との間で労働条件を相違させることは、不合理と認められるものであってはならないとし、行政通達では、通勤費についての相違は、特段の事情がない限り合理的とは認められないとされた(平成24年8月10日基発810第2号)。
そして、派遣労働者についても、「派遣労働者への通勤手当の支給について」と題する周知文書が出され(平成29年2月28日職派需発0228第8号)、派遣元の無期契約労働者と有期派遣労働者との間で、通勤費について相違させることは、特段の事情がない限り合理的とは認められないとされた。
こうした法律の規定、行政解釈(国会答弁・付帯決議も含む)からみて、無期契約労働者に支給される通勤費を、有期派遣労働者に支給しないとする解釈はあり得ないというべきである。

(3) しかし、派遣元会社は、改正法が施行された2013年4月以降、もう5年もなろうとしているのに、有期派遣労働者の交通費支給について一向に改善せず、不合理な格差を放置してきた。これは、労働者から要求が出ず、運動が起きない職場では、使用者は自らの義務を果たさず、法に従うことさえ拒否することを示している。また、残念ながら、労働運動の側も、格差と貧困の問題で運動が一定の高揚をみせたときに辛うじて手に入れたこの武器を有効に活用することなく推移させてきた。これは現在の労働運動の大きな問題といわなければならない。
労働契約法20条は、労働運動の大きな足がかりとなる条文であり、さまざまな場面で活用されるべきものである。

(4) 現在、労働契約法20条の解釈としては、既に、使用者側がさまざまな屁理屈を並べ立てて支払を拒否しようと必死になっており、裁判所もまた、使用者を救済するため法律さえねじ曲げた解釈を編み出そうとしている。本件の通勤費のような明白な不合理な格差でさえ、大きな運動と世論の盛り上がりがなければ、信じられないような理屈を持ち出す可能性がある。
労働者全体の利益のために何が必要かという観点から、この問題についても、理解と支援をお願いしたい。

(弁護団は、河村学、櫻井聡)

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