弁護士 村田 浩治
1 いじめパワハラを巡る社会的常識に逆行する判断
株式会社の社長といえば、最高権力者である。2007年3月9日、その社長から「殺すぞ」「殴ったるで」「アホ」「馬鹿」「人間力ゼロ」と侮辱され、机を多数にわたって叩く怒鳴るという行為を繰り返されSさんが、適応障害を発症したのは当然であった。
Sさんは労災請求をすることに不安を抑えられなかった。
しかし、常識的にみて、業務指導の範囲を逸脱したひどい嫌がらせやいじめにあたることに多くの人は異論はないだろう。
2017年4月26日、一審の大阪地裁第5民事部(内藤裕之裁判長、三重野真人、新城博士)は、ひどい嫌がらせやいじめであると認定しながら「社会通念上客観的にみて、精神疾患を発症させるに足りる強度の精神的負荷とまで認めることは出来ない」として、原告が発症した適応障害の業務起因性を否定した。私の「客観的な社会通念」に従えば、判決は限りなく非常識な判断であったと言わざるを得ない。
判決は、労災保険法上の精神疾患の認定基準に縛られないとしながらも結局のところ、国が主張する精神疾患の判断基準の枠組みにそった結論をほぼそのまま是認した。
本件は、もともと、組合執行部が会社の賃金引き下げに同意して全く反対意見を集約しようとしない実情は民主的な観点からもよくないと原告が考え、職場委員としての活動を展開したところ、労使協調の会社執行部の役員が原告の就業時間中の組合活動を上司に注進し、原告が就業時間内組合活動を非難されることに端を発したのであった。なお、原告の組合活動は、その後、結局労働組合が介入して始末書の提出も免れた。
しかし、判決は原告の組合活動は正当でないと切り捨て、会社が始末書の提出を求めたことは正当、社長が人格否定の暴言を行っても、①面談そのものは原告が求め(原告は否認)録音機を準備して臨んでいること、②上司ら5名の出席も事前に認識していたこと、③本件前も社長と面談しているが、その際は脅迫的発言をしていない、④面談における社長の発言は、組合活動の謝罪をせず正当化した原告にも原因があったこと、⑤激しく叱責していても押し黙っていたわけではない(恣意的認定でありテープを聴いていない可能性あり)などと認定した。要するにパワハラの原因が被害者にあることなどを「総合的」に考慮して「社会通念上客観的にみて、精神疾患を発症させるに足りる強度の精神的負荷であるとまで認められない」との判断を示した。
しかし被害者本人の態度に原因があり、録音機を用意しており、直後に異常行動などの病的行動がなければ、強度の精神的負荷でないとの判断が許されるならば、あらゆるパワハラは、社会通念上客観的にみて強度の精神的負荷ではないと言わざるを得ない。
2 適応障害に対する理解を欠いた判断
判決はパワハラによる精神的負荷に関する非常識な判断の他にも、労災段階では全く問題にせず訴訟になって突如国が言い出した、原告が請求時には治癒したという主張も追認した。
裁判官が、適応障害という精神疾病に対する理解を欠いていることにも起因しているが、労災保険が本来の労働者救済の趣旨に沿わず、訴訟も勝つためになりふり構わない対応に対しても何ら批判をしない点も不当である。控訴審にこの判決を是認させてはならない。多くの関心と支援の集中を求める。
(弁護団は、立野嘉英、和田香、村田)