政府は、本年4月3日、一定の対象業務に従事する年収1075万円以上の労働者について労働時間規制の適用を一切除外する等の労働基準法「改正」法案(いわゆる「残業代ゼロ法案」)を閣議決定し、同日、国会に提出した。
この法案が政府部内で検討されていた3月25日、衆議院厚生労働委員会において、維新の党の足立康史議員(比例近畿)が質問の中で、自らの私設秘書に対して残業代を一切支払っていなかったと言明し、元私設秘書X氏から700万円の未払残業代を請求されたことについて「ふざけるなと思う」等と述べた。足立議員は、自分は24時間365日仕事をしているのに、「X氏だけ労働基準法に沿って残業代を支払うということは、私はできません。だからこそ、労働基準法を直していただくために国会議員になりました。」などと発言した。
現役の衆議院議員によるこの残業代不払い宣言については、マスコミ等で大きく批判されたが、足立議員は、後日、X氏は労働基準法41条2号の「機密の事務を取り扱う者」に該当するため、労働時間規制の適用が除外されており、残業代を支払わないことは違法ではないなどと弁解した。
労働基準法41条は、同条各号の定める労働者について労働時間規制の適用を除外しており、同条2号は「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」と規定している。行政通達では、「機密の事務を取り扱う者」とは、秘書その他職務が経営者又は監督もしくは管理の地位にある者の活動と一体不可分であって、厳格な労働時間管理になじまない者のことをいうとされている(昭22.9.13発基17号)。もっとも、秘書という名前で呼ばれる者がすべて「機密の事務を取り扱う者」に該当するわけではなく、「機密の事務を取り扱う者」に該当するかどうかは、その実態において、①職務内容が機密の事務を取り扱うものであり、②職務内容及び勤務実態において、経営者又は管理監督者と一体不可分の関係にあり、③給与等の処遇が、職務内容及び勤務実態に見合ったものであることが必要だと解されている。
X氏は、時間外勤務が4500時間を優に超えていたことを理由に700万円の未払残業代請求をしていることから、X氏の時間給は1244円程度(700万円÷(4500時間×1.25)=1244.44円)と考えられ、月収は22万円にも満たないと推認される。X氏の職務内容は明らかではないが、仮に、実質的にも機密の事務を取り扱ったり、24時間365日仕事をしているという足立議員と一体不可分の職務内容・勤務実態であったのであれば、月収22万円弱の処遇は、明らかにその職務内容・勤務実態に見合ったものとは言えない。逆に、当該私設秘書の職務内容・勤務実態が月収22万円弱程度のものであったというのであれば、その職務内容・勤務実態は衆議院議員と一体不可分のものとは言えない。いずれにせよ、足立議員の元私設秘書が労働基準法41条2号所定の「機密の事務を取り扱う者」に該当するとは考えられない。
労働基準法は、長時間・過重労働を抑制し、労働者の健康、生命を保護するため、1日8時間、週40時間を超えて労働者を働かせることを禁止し(32条)、休憩(34条)や休日(35条)を保障し、例外的に時間外労働を命じるためには労使協定の締結を必要とし(36条)、さらに時間外労働を命じた使用者には割増賃金の支払義務を負わせている(37条)。このような労働者を保護するための労働時間規制について、その適用を除外する労働基準法41条は厳格に判断されなければならない。いわゆる管理監督者をめぐる多数の裁判例においても、「名ばかり管理職」は厳しく批判されてきた。足立議員の弁解は、これと同様の「名ばかり機密事務取扱者」に他ならず、残業代不払いは違法である可能性がきわめて高い。
しかも、足立議員は、現行の労働基準法の規制は厳しすぎて法を遵守できないから、これを改正すべきであると主張しており、自身のX氏に対する残業代不払いが違法であることを自覚しているようである。足立議員の発言は、法令を遵守すべき公職にある者が国会の場においてあからさまに労働基準法無視を宣言したものであって、断じて許されない。
足立議員は、年収1075万円以上とする要件についても「高すぎる」と批判している。現行の労働基準法のもとでは違法とされる残業代不払いを合法化するために同法を改正すべきだといい、年収要件をもっと引き下げるべきだというのは、まさに「残業代ゼロ」法案を推進する者の本音を吐露したものである。
民主法律協会は、労働基準法に違反する残業代不払いをあからさまに宣言する足立議員の国会発言に強く抗議し、撤回を求めるとともに、労働者の健康、生命を脅かす「残業代ゼロ」法案に強く反対する。
2015年4月22日
民 主 法 律 協 会
会 長 萬井 隆令