大阪JAL不当解雇撤回訴訟弁護団
2010年の大晦日に、パイロット・客室乗務員165名の首切りを行った日本航空の整理解雇について、本年1月28日、大阪地方裁判所民事第5部合議係(中垣内健治裁判長)は、解雇を無効として原告の客室乗務員Aさんの労働契約上の地位を認める判決を言い渡しました。
1 解雇の経緯
経営破綻に陥った日本航空は2010年1月(以下、同年の出来事については年の記載を省略)に会社更生法の申請をしました。8月31日に提出された更生計画案には「JALグループの人員削減をより推進し、平成21年度末の4万8714人から平成22年度末には約3万2600人とする」とされていました(整理解雇については触れるところなし)。
その後、日本航空の業績はV字回復し、他面で人員削減も進んでむしろ人員不足に陥っていたにもかかわらず、冒頭に記載した大晦日の解雇が強行されたのです。
本件解雇の必要性がなかったことについては、稲盛会長(当時)自身が「その160名を残すことが、じゃあ経営上不可能かというとそうではないのはもう皆さんもお分かりになると思います、私もそう思います」と発言していることからも明らかです。
2 今回の判決
本件判決は人選基準のうち「復帰日基準」と呼ばれる点に着目して、解雇の無効を認めたものです。
今回の整理解雇にあたっては、会社側は当初(9月27日)、大要2つの要件を柱とする人選基準案を示しました。その1つは病欠基準であり、もう1つは年齢基準です。
病欠基準とは「2010年8月31日時点の休職者」「2010年度に病気欠勤日数が41日以上である者」などの基準にあてはまる者を整理解雇の対象者にするというものであり、皮膚の疾患で欠勤していたAさんはこれに該当していました。
会社は病欠基準を設けた理由として「病気で欠勤したことのある者は、将来の貢献可能性が低いから」と説明していました。これに対して労働組合から「現時点で復職している者については将来の貢献可能性が低いとは言えない」という意見が出され、会社もこれを認めて、11月15日に修正した基準を提示しました。これは「9月27日の時点で乗務復帰していた者については(1定の別の要件を満たす場合)整理解雇の対象者とはしない」とするものです(復帰日基準)。
しかし、将来の貢献可能性というのであれば、9月28日以降に復帰していた者でも全く変わらずに貢献可能なはずです。Aさんは10月には症状が軽快し、復帰していたのですが、この不合理な復帰日基準によって、解雇の対象者に留め置かれていたのです。
今回の判決においては、復帰日基準の不合理性を認め、その余については判断するまでもなく整理解雇は無効であると判示しました。
3 裁判を振り返って
今回の裁判で特筆すべきは、仲間の支援の力です。
本件は労働組合の支援を受けずにたった1人で闘ったものですので、傍聴席がガラガラになってしまうのではないかという危惧がありました。しかし、弁護団の弁護士からの紹介で憲法ミュージカルの皆さん(出演者やスタッフ)と知り合いになれて、彼らは毎回、傍聴席を埋め尽くす応援をしてくださいました。これはAさんにとって大変心強い支援であり、裁判での勝因の1つだったと思います。
4 これからについて
なお、本件判決後、先行する東京での集団訴訟(2件)について、最高裁は上告棄却・上告不受理決定を下し、東京高裁における敗訴判決が確定しました。これは全くもって不当と言う他ありませんが、本件控訴審においては、争点設定・判断枠組みの相違を意識して、再度の勝利につなげて行きたいと考えています。
控訴審においても今回の画期的判決が維持され、原告のAさん(更には東京の仲間たち)が再び空を飛べる日の来ることを願ってやみません。
(弁護団は、坂田弁護団長、西、篠原、増田、平山、西川(研)、楠、西川(大)、本田、奥井の各弁護士)