民主法律時報

新和産業「追い出し部屋」事件――「追い出し部屋」配転について大阪高裁が断罪

弁護士 谷   真 介

1 はじめに

 いま、大企業の「追い出し部屋」(辞めさせたい社員を配置転換で異動させて精神的に追い詰め、自主的に退職させるための部署)が話題となっている。不必要な労働者とレッテルを貼り、会社内で履歴書をもって自分で受け入れ先部署を探させるなど、悪質な追い詰め方をする企業も現れている。

 本事件は、退職勧奨を拒否した労働者が、窓際(仕事のない部署)に追いやられて賃金を半分以下に下げられ自分から辞めるよう追い込まれるという、古典的な「追い出し部屋」手法の退職強要に対し、一人の労働者が闘った事件である。


2 事案の概要

 原告は、大阪市内の新和産業株式会社(化学製品を扱う中堅商社)に営業職として中途採用された営業マンである。入社後、新規開拓営業を担う唯一の営業マンとして10年以上勤務し、一歩ずつ成果をあげ、その間、昇給・昇格もしてきた。しかし、社長にはっきりと意見を述べる性格が煙たがられ、社長らから突如、退職勧奨(強要)を受け、営業の仕事を外された。その後も2か月間執拗な退職強要が続いたが、原告は再就職が簡単にできる年齢でなかったこともあり、退職を拒否し続けた。すると会社は、原告を全く仕事のない倉庫(追い出し部屋)に配置転換(配転)し、賃金を額面約36万円から約16万円と半分以下に下げるという「兵糧攻め」にした。過去にもその会社では「倉庫行き」を告げられ、耐えられず辞めていった従業員が何人もいた。原告は、貯蓄を切り崩し、生活費を切り詰めて、当面をしのいだが、そのような生活が長く続けられる見通しもなく、わらをも掴む思いで弁護士に相談したのである。


3 賃金仮払仮処分申立

 原告はすぐに、大阪地裁に、配転は無効だと主張し、減額された賃金の仮払を求める賃金仮払仮処分を申し立てた。数か月後に裁判所から仮処分決定で仮払命令が出された(峯金容子裁判官)。配転の点については、労働者の賃金を半分以下に下げるという著しい不利益を与えるものであり、業務上の必要性や、配転の動機を検討するまでもなく、配転命令権の濫用であるとして本件配転は無効とした。しかし、保全の必要性との関係で、わずか月6万円の仮払いしか認めなかった。最近、大阪地裁第5民事部は、保全の必要性を厳しく判断する傾向にあるが、極めて問題である。原告は仮払金を含め月額わずか10数万円の収入で(しかも賞与もわずかしか支給されない)、本訴一審判決まで耐えることはできないと判断し、大阪高裁に抗告をした。

 抗告審において、原告が月10数万円では到底生活ができないことについて、総務省の統計や原告の実際の生活状況を細かく立証した結果、抗告審決定(第11民事部、前坂光雄裁判長)では、わずかではあるが仮払額が月額8万円に増額された。


4 地裁判決と高裁判決

 仮処分決定の直後、原告は、配転無効と差額賃金請求だけでなく、差額賞与請求及び不法行為に基づく損害賠償請求をも求めて、本訴を提起した。

 大阪地裁において約1年弱の審理を経て、平成24年11月29日に出された地裁判決(中垣内健治裁判官)は、配転による賃金減額が原告への著しい不利益を与えるという理由のほか、本件配転には業務上の必要性も認められず、また退職強要を拒否した原告を辞めさせるための不当な動機・目的に基づくと断じ、配転命令権の濫用として配転の無効と差額賃金に支払いに加え、不法行為に基づく損害賠償も命じた(慰謝料と弁護士費用相当額とで合計40万円)。配転無効の事案で損害賠償まで命じられることは異例ともいえる。それほどに本件の「追い出し部屋」の退職強要の手法を悪質と判断したのである。ただし、差額賞与請求については、「本件配転がなくても原告が営業職で賞与支給を受けるほどの査定を受けていたかどうかはわからない」として認めず、この点は不満が残った。

 会社は、大阪地裁の判決に従って差額賃金等を原告に支払いながら、この内容を不満として大阪高裁に控訴した。原告も、賞与支払が認められなかったこと等を理由として控訴した。

 平成25年4月25日に出された高裁判決(第14民事部・田中澄夫裁判長)は、配転無効と差額賃金の支払いを維持した上で、不法行為に基づく損害賠償額を増額した(慰謝料と弁護士費用相当額とで合計60万円)。さらに高裁判決は、一審で棄却されていた賞与請求について、以下のとおり、注目すべき判断をした。

 まず、原告の賞与請求権は被告が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生するものであるから差額賞与は認められないとして、地裁判決同様の判断をしながら、控訴審において原告が不法行為構成を予備的に追加したのに応えて、「(会社は)原告が総合職であることを前提に、人事考課査定を行って具体的な支給額を決定し支給日までにこれを支払うべき労働契約上の義務を負う」とした上で、「(会社が)原告が総合職であることを前提に考課査定を行わず賞与を支給しなかったことは、原告が正当に考課査定を受けこれに基づいて算定された賞与の支給を受ける利益を侵害する」として、差額賞与の約8割に相当する金額について、不法行為に基づく損害賠償請求として会社に支払いを命じたのである。解雇事件において、解雇された間の賃金請求だけでなく賞与請求を行う場合もあると思うが、この高裁判決は不法行為構成をとってこれを実質的に認めたものとして、参考になると思われる。


5 「追い出し部屋」退職強要に対して

 解雇せずに自ら退職をさせるように仕向ける「追い出し部屋」手法は、企業が解雇のリスク(解雇予告手当の支払義務や解雇自体を争われること、また解雇を出すと助成金が支給されない等のリスク)を避けるため古くから多用されている。これに対し、立ち上がることのできる労働者はごく一部である。こうした手法を断罪する判決を積み上げることが違法な手法に歯止めをかける一助になればと思い、一例を紹介した次第である。

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