弁護士 和 田 香
1 情報公開訴訟逆転敗訴
去る平成24年11月29日、大阪高裁第3民事部(山田知司裁判長)は、大阪労働局管内で発生した過重労働による脳心臓疾患の発症(以下、「過労死」といいます。)の事案について、労災認定を受けた従業員がいる企業名の公開を求める情報公開請求に対し、企業名を不開示とした大阪労働局長の決定を違法であるとして取り消した大阪地裁第7民事部の判決を全て覆す、被控訴人(原告)敗訴の判決を言い渡しました。
本訴訟は、大阪過労死問題連絡会と過労死を考える家族の会が協力して、家族の会の代表世話人の寺西笑子さんを原告として、企業や行政が過労死を生じさせない職場環境づくりに真摯に取り組む体制を構築すべく提起したものです。
2 敗訴の理由
本訴訟での主たる争点は、企業名が開示されることで①被災労働者個人が特定されるか、②企業の正当な利益を害するおそれがあるか、③行政の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるか、④①~③に該当するとしても人の生命・健康等を保護するために公開を要するか、の4点です。
①について、企業名を聞いても当該被災者を知らない一般人は、被災者を特定することができません。しかし、高裁は、特定できるか否かの判断基準として、近親者等も含めるという枠組みを採用しました。
②について、利益が害される「おそれ」とは、具体的なおそれが存在する必要があり、高裁もその枠組み自体は採用しました。その上で、高裁は、ネット上の書き込み、例えば過労死を出した企業を「ブラック企業」と評価したものや、報道各社が地裁判決の見出しに「労災認定を受けた企業名」という書き方ではなく「過労死企業名」といった用語を用いたことなどを挙げて、労災認定を受けたということにより世間的にマイナスの評価を受けるため、企業の正当な利益を害するおそれは、抽象的な可能性に留まらないと判断しました。
③についても、高裁は、②のような評価を受けることを恐れた企業が“機微”に亘る事項についての聴取に応じなかったり、行政の担当者が少ないことから強制権限の発動による調査を行う場合に日程調整に時間を要することなど、行政の遂行に支障を及ぼす蓋然性があると判断しました。
さらに、④について、高裁は、1人の労働者が過重労働にあっても、同じ職場の他の労働者が過重労働だとは認められず、企業名の開示によって人の生命・身体・健康等が保護される具体的関連性はないとしました。
3 高裁判決は取り消されなければなりません
上記の各論点について、高裁判決は、裁判所は公正・中立の立場で判断すべきであるにも拘わらず、国が主張したこと以上に過度に国に配慮したものでした。
①について、労働者が特定できるかどうかの判断の基準に近親者まで含めると、国民が国民主権の下、行政に開示させる意味のある情報の多くは不開示となってしまいます。
②について、国は、過労死が生じた企業が労災認定を受けたことが公になったことで損害を受けたという具体的な立証はせず、控訴審において300社を超える企業に対し企業名の開示により「何らかの不利益が生じると思うか」というアンケート調査を実施し、その結果を書証として提出しました。このような抽象的なアンケートですので、「何らかの不利益」があると答えた企業が約8割でした。しかし、何らかの不利益が生じるとしても、企業の社会的責任として開示すべきであると答えた企業も数十社ありました。このような企業の態度は、社会の構成員としての自覚を表したものです。
ところが、高裁は、このような企業の姿勢に触れることなく、単に数字上「何らかの不利益」が生じると思うと回答した企業が8割程度あることや、匿名で過激な書き込みが多いネット上の掲示板での発言等も世論形成に影響を与えないとは言えないとして、不開示とすべき理由としました。
情報公開法は「企業の正当な利益」を守るために一定の情報を不開示としているのですが、高裁の判断と先述の企業の姿勢とを比較すると、企業の意識の方が人権を守る機関である裁判所よりも先行していると言わざるを得ません。
③については、行政の担当者の人員不足を裁判所が過度に考慮する必要はありません。
④についても、裁判所が職場全体が過重労働になっている労働現場について理解していないことが露呈したとしか言い様がありません。
4 最高裁へ!
このような控訴審判決は、到底承服しかねるものであり、私たちは上告及び上告受理申立をしました。
最高裁で弁論が開かれ企業名の公開が実現するよう、弁護団一同、一層努力する所存ですので、引き続きご支援宜しくお願いします。
(弁護団は、松丸正、岩城穣、下川和男、上出恭子、田中宏幸、波多野進、四方久寛、生越照幸、長瀬信明、舟木一弘、立野嘉英、瓦井剛司、足立賢介、團野彩子、和田香)