弁護士 中筋 利朗
1 はじめに
本件は、株式会社魚国総本社に契約社員として雇用(有期)され、京都銀行の寮の住込管理人として10年以上にわたり何の問題もなく働いてきたAさん夫婦が、入寮予定者からのクレームをきっかけとして、魚国が京都銀行から寮管理者交代の強い要望を受けたとして病院の給食補助業務への配転を命じられた事件です。Aさん夫婦、魚国の双方が京都地裁に仮処分の申立てを行い、Aさん夫婦が寮管理業務の適格性を欠いているとはいえないとして配転無効の判断を得たことは民主法律時報2024.4.15京都銀行・魚国の寮管理人偽装請負事件で報告したところですが、仮処分却下決定を不服として魚国が申立てた即時抗告に対し、大阪高裁第11民事部が、Aさん夫婦の職種について寮管理業務に限定する合意が有ることを認め、魚国には配転命令の権限がないとして抗告を棄却する決定を下しましたので報告します。
2 仮処分決定~抗告審の経過
本件では、配転命令の有効性について主に、①職種限定の合意があるか、②配転の必要性があるか(清掃が不十分で寮管理業務の適格性を欠くか)の2点が争われていました。仮処分決定は、①について判断を示さず、②についてAさん夫婦が寮管理業務の適格性を欠いているとはいえないとの判断を示して配転命令を無効としていました。この仮処分決定は2024年3月にでたものですが、4月26日に最高裁が職種限定の合意が有る場合、使用者は労働者の個別同意なしに当該合意に反する配転を命ずる権限を有しないとする判断を示しました(社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件、民主法律時報6.15で報告されています)。抗告審の裁判所もこの最高裁判決を意識しており、職種限定の合意の有無について判断が必要と考えているようでした。
職種限定の合意がされている根拠として、当方は、雇用契約書に勤務場所について変更の記載はあるが職種(寮管理業務)について変更の記載がないこと、Aさん夫婦が寮の住込み管理人募集の求人広告を見て応募したこと、夫婦住込管理人の特殊性―夫婦一体で雇用され、寮での生活が求められ、年365日24時間寮の管理が求められることなどを主張していましたが、抗告審において魚国のホームページの募集情報やハローワークの求人票をもとに主張の補充を行いました(ハローワークの求人票には2024年4月1日以降、従事すべき業務の変更の範囲、就業場所の変更の範囲を明示することが求められており、魚国が出していた夫婦住込寮管理人の求人票には業務の変更なし、転勤可能性なしと記載されていました)。
3 決定の内容
大阪高裁は、夫婦住込みでの寮管理業務の特殊性を認め、「応募時の状況、雇用契約及び業務の内容、その後の勤務状況等によれば、抗告人らと相手方らとの間には、雇用契約の締結に当たり、少なくとも黙示的に、雇用契約の内容を夫婦住込みでの寮管理業務に限定する合意があったと解するのが相当である」とし、魚国には配転命令権がないとして抗告を棄却しました。
4 今後について
本件では本訴(魚国は仮処分と同時に労働審判を申立てておりこれが訴訟に移行)も係属しており、大阪高裁で職種限定の合意の判断を得たことは本訴にとり大きな力になるものと考えています。もっとも、Aさん夫婦は、魚国に対し無期転換申込を行い、2024年4月1日から無期契約となっているところ、魚国は就業規則で無期転換した年齢に応じて定年を定ており(60歳~65歳は65歳、65歳~68歳は歳、以降3年ごとに同じ)、今後はこの定年の定めの有効性も争点となりそうです。このほか、Aさん夫婦は京都銀行・魚国が偽装請負であるとして京都銀行に対し地位確認を求める訴訟を提起し、この訴訟も進行中です(民主法律時報2023.10.15参照)。Aさん夫婦は現在も寮に残って裁判を闘っておられます。一刻も早く勝利解決できるよう弁護団としても力を尽くす所存ですので、皆様のご支援よろしくお願いいたします。
(弁護団は村田浩治、榧野寛俊と当職)