弁護士 吉留 慧
1 事案の概要
本件の申立人は、2022(令和4)年1月から2023(令和5)年12月まで、自立高齢者向け「街かどデイハウス」事業などを行うことを目的とする特定非営利活動法人である相手方が運営する事業所(以下、「本件事業所」という。)で就労していた者である。申立人は、入職時、勤務時間が9~16時であり、出勤日は週5日、シフトで定め、時給制であるとの説明を受けたが、「有償アルバイト」であるとの説明はなかった。申立人は、本件事業所の利用者に提供する料理の調理、掃除、利用者の血圧や体温測定、準備、後片付け、レクレーションの準備、絵手紙の材料の準備など様々な業務を行っていた。業務の中には、相手方が地方公共団体から委託を受けた事業も含まれていた。申立人は、2023(令和5)年12月に相手方を退職したが、退職後、社労士である親族への相談において、申立人の賃金が最低賃金以下であったことが判明した。
2 労基署への相談と指導
申立人は、支払われていた賃金と最低賃金との差額を相手方に請求したが、相手方からは「有償ボランティア」であることを理由に支払いを拒否された。そこで、申立人が労基署に相談したところ、労基署は相談内容をもとに申立人が労働者であるとの見解を示し、相手方に対し、是正指導が行われた。しかしながら、相手方はこの是正勧告に応じず、あくまで申立人の勤務形態が「有償ボランティア」であることを主張し続けた(最低賃金との差額の支払いには応じるが、労働者性は認めないという姿勢であった。)。
3 公共職業安定所長に対する確認請求と却下決定
申立人は、相手方との交渉と並行して、雇用保険の失業手当を受給するため、公共職業安定所に雇用保険の遡及加入について相談したが、同所から相手方が労働者と認めて雇用保険の加入手続きを行わない限り加入手続きをできない旨の回答を受けた。そこで、申立人は、公共職業安定所長に対し、雇用保険の被保険者となったことの確認請求を行った。しかし、公共職業安定所の担当者は、使用者からの申出がないと難しいと説明するなど当初から消極的な対応に終始し、最終的に上記請求に対する却下決定処分を下した。その後の審査請求手続きの中で同却下決定の判断理由等が明らかとなったが、同理由を見ると、申立人の就労実態についての詳細な検討はなされておらず、相手方の主張を鵜呑みにし、自律的な判断をほとんどしていなかった。このような対応は、行政機関としての役割を全く果たしていない極めて不当なものであり、今後是正させていく必要がある。現在、同却下決定に対しては審査請求中である。
4 労働審判申立てと今後
相手方が申立人について労働者と認めず、雇用保険の届出手続きにも応じないことなどから、本年11月25日に(過去の)地位確認や未払賃金の支払などを求めて労働審判を申し立てた。本件は、「有償ボランティア」の労働者性を正面から争うものであり、最低賃金との差額の請求に留まらず、労基法上定められた様々な権利を行使できるかという点に関わる非常に重大な事件である。申立人は、労働者の実態でありながら「有償ボランティア」として扱われることで、最低賃金以下の賃金しかもらえず失業手当も受給できない状態が続いている。本件に限らず、「有償ボランティア」を隠れ蓑として、労働者の権利が侵害されている事例は全国で少なくないと思われるが、企業の経費削減のため、「有償ボランティア」が利用されることは、労働法規の潜脱に他ならず、決して許されない。また、本件のように非営利活動法人における事業においても「有償ボランティア」として扱いながら、実質的に労働者のように使用することは許されない。
審査請求及び労働審判において、申立人が労働者として当然の権利を行使できるよう闘っていく所存である。
(弁護団は冨田真平と吉留慧)