民主法律時報

日立造船株式会社の若手社員がタイでの長期的な海外赴任及び長時間労働等により自死したことについて労災認定された事例

 弁護士 松 村 隆 志

日立造船株式会社の若手社員(以下「被災労働者」という。)が長期赴任先のタイで自死した。被災労働者は初めての海外転勤中に専門外の業務を命じられ、上司にミスを叱責されたこと等により、業務上精神疾患を発症し自死に至ったものとして、労働基準監督署は2024年3月、労災と認定した。

1 事案の概要

(1) 2018年4月より日立造船株式会社に勤務する被災労働者(当時27歳・2021年4月30日死亡。)は、2021年1月下旬からタイに渡航し、タイ・ラヨーンにおける現地プロジェクトを担った。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う隔離期間を経たのち、同年2月5日からタイ・ラヨーンのごみ焼却施設のプラントの電気設備の立上げと電気設備の設定確認・動作確認等に従事したが、同年3月17日からは試運転班の一員として専門外の業務である乾燥炊き・RDF燃焼作業に従事した。被災労働者は自ら同月28日から三行ポジティブ日記の作成を開始した。同年4月21日には唯一の理解者であった上司のK氏が帰国し、 翌日からは準夜勤シフト(14時~23時)に配属され、被災労働者は環境の変化と慣れない業務や恒常的な長時間労働、上司からの叱責等にも苛まれた。同月28日にはRDF燃焼トラブルが発生した。これによりプラント内の灰押出機に詰まった大量の主灰の掻き出し作業を行わなければならなくなり、同作業は翌29日のうちに完了せず、翌30日の未明にまで及んだ。こうした事情の下、被災者は精神障害を発症し、2021年4月30日、高さ約30メートルの現地プラントの建物から飛び降り、自死するに至った。

(2) 会社の上司や人事が2021年5月頃から、被災労働者の両親ないし母のもとへ何度か面談に訪れたのち、被災労働者の両親から依頼を受けた代理人らが、 会社との間で交渉を続けた。その中で何度も第三者委員会の発足を求めたが 、 なかなか実現しなかった 。会社が、2023年2月24日、会社の一方的な人選による弁護士2名によるヒアリングを実施予定であると通知したことを受け、同月28日、被災労働者の母及び代理人から「抗議書」を会社及び関係者に対して送付した。遺族の意見を反映しない第三者委員会の人選、決定事項の一方的な通知という現状に対し強く抗議するとともに、具体的に推薦する弁護士名も併記した。同年4月、大阪南労基署に労災請求を行った。翌月には遺族側の推薦する弁護士を含めた第三者委員会が発足し、順次関係者に対するヒアリングを行い 、 同年11月24日、第三者委員会による報告書が送付された。翌年3月4日、大阪南労基署が本件を労災と認定した。

2 労災認定の理由と代理人ら意見書の主張

(1) 現在、保有個人情報開示請求中であるため労災記録は未入手であるが、労基署の担当官から確認した労災認定の理由は、次の通りであった。①亡くなる直前に精神障害を発症したものと認定し②「海外への転勤」 という出来事に焦点を絞って、その他の関連する出来事を付随的に評価した。③具体的には、これまでに経験のない業務であったこと、出来事後の事情として、業務内容・シフトの変更、ミスに対する厳しい叱責等の事情を考慮して、心理的負荷の強度を「強」と評価した。④なお労働時間については海外派遣者の特別加入の事案であり、給付基礎日額は定額で固定されているため、労働時間の厳密な特定の必要がなかったから詳細な特定は行っていない。

(2) 代理人ら意見書においては 、実地研修すら経ていない初めての海外転勤において、慣れない業務に従事させられながら滞在期間を(終期を示さず)延長されたこと、信頼していた上司の帰国、上司等からのパワーハラスメントのほか、被災者が恒常的長時間労働を行っていたこと等も主張した。上記の通り、本件は海外派遣者の特別加入事案であったため、労働基準監督署において労働時間の厳密な特定を要しなかったものの、被災労働者の時間外労働時間については、帰宅後にホテル内で現地週報を作成した時間やホテルから現場までの移動時間、メールの送信時間等を考慮した弁護団の算定基準によると3月15日から4月13日までで最大149時間11分に及び、会社が把握している時間外労働時間だけでも、3月中旬から4月中旬にかけて1か月当たり100時間を超えていた。

3 今後について

本件は海外事案であり、海外では日本と比べて労働者の権利を確保する仕組みが整っていない中で、労働者が想定を超えた様々な業務を課されている場合が少なからず存在するのではないかと思われる。会社との間での電話等を通じたやり取りは既に始まっているが、今後は民事上の請求とともに、会社からの真摯な謝罪や、国内外を問わない、きちんとした再発防止策の提示・策定を目指す所存である。

(弁護団は、岩城 穣、安田 知央、西川 翔大、松村 隆志各弁護士)

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